雇われて働いていた当時、毎日辛くてキツくて、仕事に行くのが億劫で、とにかく辞めたくて逃げたかった。
週に一度の休みだけが救いだったが、疲れて何もヤル気になれずダラダラと過ごしがち。休みが終わりに近づくにつれて憂鬱になった。
安い給料で1日何時間も働いて、責任だけは重くなっていく。やりがいを感じる事も沢山あったが、どれだけ成果を出したところで評価されるのはオーナーや勤め先。結局自分の評価には繋がらない事にモヤモヤを感じていた。
『どれだけ頑張って働いてもここはオーナーのお店だ。俺はオーナーが用意してくれた舞台に立たせてもらってるだけにすぎない…』
そう思うと本当に悔しくて堪らなかった。
〝とにかく独立したい〟
その想いだけが心の支えで、1から…いや0から自分で自分の舞台を作ってやる!!とずっと考えていた。
独立して三年目。
今、毎日本当に楽しい。
雇われていた時とは全く違う悩みや苦労も沢山ある。しかし、それも全部ひっくるめてめちゃくちゃ楽しい。独立した事を後悔した事は一度もない。
僕はもともと他人に指図されるのがキライで超負けず嫌いで、なにより人と同じである事が大嫌いだったので独立には向いていたと自分で思う。
お店の経営は楽しい。全部自分が思った通りに運営できるし頑張った分だけちゃんと結果は出る。それは良くも悪くも出る。
やりがいはハンパない。
仕事に行くのが辛いという感覚はなくなったし、休みの日が待ち遠しかったり休み明けに憂鬱になる事もなくなった。
本当に独立してよかった。
しかしまだまだ満足はできない!
やりたい事は全部やりたい。
欲しいものは全部手に入れたい。
常に何かに熱中していたい。
いつも目標に向かって前進したい。
毎日それこそゲームをプレイするように人生を楽しみたい。
そのためにも意識は常に高く持ちたい。
今日、大学生のスタッフと〝意識高い人について〟話をした。
そのスタッフはまだ19歳なのだが、友達がいわゆる〝意識高い系〟の人に対して批判的な意見を言ったそうで、その事についてどう思いますか?という話題だった。
自分が19歳の頃を思い返すと情けない話だが意識はクソみたいに低かった。特に夢もなく目標もなくとりあえず毎日楽しかったらいいやと思いながら日々をダラダラ過ごしていた。
そして意識高く何かを頑張っている人を〝なに頑張っちゃってんの?〟と馬鹿にしていた。きっと心の底では何かを頑張れる人が羨ましかったんだと思う。
だから意識が高い人に対して批判的な意見を言う人の気持ちはとてもよく分かる。
でも今、僕は意識高く何かを頑張る人の方が絶対にカッコいいと思うし、そんな人を批判する事は間違っていると思う。
ただこれは僕はそう思うという主観的な考えだし、これが絶対正解!とも思わない。
大体、価値観なんて人それぞれで正解なんて有り得ない。押し付けるのも押し付けられるのもおかしい。自分は自分、他人は他人。それで問題ないと思う。
そして、自分の価値観を磨いていく事が大切だと感じる。
お店を経営していると自分の未熟さを痛感するし、ビックリするくらい自分のショボさを思い知る。不甲斐ない自分がイヤになる事はしょっちゅうある。でもだからこそもっと成長したいと思うし、意識を高くもって日々を過ごしたいと思う。
そして現状に絶対満足せず、常に前に進みたい。
僕はまだ31歳だしこれから何だって出来る。やりたい事はまだまだ大量にある。
…しかしながら19歳の大学生スタッフの話を聞いていると本当に感心してしまう。現状にしっかりと疑問を持ち、それを解決するにはどうすればいいのか?を真剣に考えているからだ。
しっかりしてるよなあ。
今日みたいな相談をされた時にその人の人生観を変えてしまうようなアドバイスが出来るような大人になりたい…
そのためにも意識高く生きていこう。価値観を磨いていこう。
僕が大好きなthe pillowsというバンドの歌に
どんな靴を履いてても
歩けば 僕の足跡
立ち止まれば それまで
僕が終わる印
という歌詞がある。かっこよくてお気に入りの歌詞だ。
立ち止まればそれまで…死ぬまで進み続けたい
。
……という意識高い系のお話でした。
おわり。